はやとの風の風の風 

霧島温泉駅に停車中の「はやとの風」2号。

 

↑リンク用バナー

 

■ は や と の 風 に つ い て ■

 

 

車内で配布しているスタンプ帳兼用の小冊子に

は、南九州の観光列車の紹介も載っています。

下の「列車名の由来」と「黒い特急」の解説では、

写真の右の黄文字の部分が、本文からの引用

になります。

 

 

 

 列車名の由来

古代の薩摩・大隅を舞台に活躍した隼人族。勇壮果敢な南の民は、海・山を舞台に独自の文化を築きました。

彼らの血は今を生きる薩摩隼人の「ぼっけもん(怖い物知らず)精神」に受け継がれています。

隼人たちが駆けた鹿児島を吹き抜ける風のように爽やかな観光特急に、「はやとの風号」を名付けました。

 

う~ん…確かに「怖い物知らず」な列車ではありますね。いろんな意味で…

 

ちなみに、開業前に九州新幹線の愛称を公募したところ、トップは「はやと」だったのだそう。

 

東北新幹線の「はやて」と紛らわしいし、鹿児島県のみを志向している(もしかして、熊本県からのクレーム?)という理由からボツになったみたいだけど、その一番人気の名前をもらえたのも、この列車がみんなに受け入れられた要因のひとつなのかも知れません。

 

▲ページの最上段へ▲

 

 

 ■黒い特急

黒酢、黒豚,黒牛、黒砂糖、黒薩摩焼…薩摩の「よかもん」は重厚な黒に彩られています。

はやとの風も漆黒(しっこく)のボディに金のエンブレムがキラリ。

 

…するってーと、「はやとの風」も薩摩のよかもんって事ですね。

 

ただの黒じゃない、漆塗りのような艶やかな、そして深~い黒。

 

そう言えば、鹿児島の人は黒が好きですよね。真夏の日中、天文館で黒い服着た人がいっぱい歩いてるのを見た時、「なんでこんな暑い時に黒なの?」と驚いたのを覚えています。

私のイメージも「鹿児島=黒」。そしてこの黒い特急は鹿児島県民の心を掴んでしまったらしい。「黒くてかっこいい」「一度乗ってみたい」…と。もしかしてJR九州の思惑通り?

 

日常生活では鉄道と全く縁がない、という人が多いので、実はこれが普通列車からの改造だと言っても、その普通列車を知らないのだから、お構いなしという感じ。

部分開業の新幹線では遠来のお客さんをなかなか呼べない今の状況で、地元の人たちが関心を持ち、乗ってくれるのは心強いですね。

 

▲ページの最上段へ▲

 

 

 「はやとの風」車両の履歴書

「はやとの風」に使われている車両は、どれも車齢30年を超える古豪たち。

数奇な運命により特急列車に仕立て上げられた彼らの、活躍の記録を調べてみましたよ。

 1号車指定席、キハ47−8092

 

登場以来、ずっと鹿児島で活躍している

生粋の薩摩隼人車両

 

 

1980.01.25

      キハ47−92として新潟鉄工にて落成。

      鹿児島地区に配属され、以後移転なし。

 

2006.01.20

      「はやとの風」用増備車として改造の上

      デビュー。改造は鹿児島車両センター。

      この時、キハ47−8092に改番。

 

 

 

 

 

 

 ■2号車自由席、キハ147−1045

 

篠栗線で活躍、博多駅もホームグラウンド

にしていたエリート車両

 

 

1979.04.06

      富士重工にて落成。

      人吉地区に配属される。

 

1993.02.20

      エンジンの強馬力化改造を受け、型式が

      キハ147となる。

      筑豊地区に転属。

 

2004.03.14

      小倉工場で改造、鹿児島地区に転属

      「はやとの風」1号車としてデビュー。

 

2006.01.20

      キハ47−8092の増備により、方転の

      上2号車に組み替えられる。

 

 

 

 

 予備車、キハ140−2066

 

まさに流浪の一匹狼車両。

経歴は頼もしいが、車齢的には一番弟

 

 

1980.06.27

      キハ40−2066として新潟鉄工で落成。

      長崎地区に配属される。

 

1984.02.0

      筑豊地区に転属。

 

1985.03.15

      福岡地区に転属。

 

1987年度

      筑豊地区に再転属。

 

1992年度

      人吉地区に転属。

 

1993.06.30

      エンジンの強馬力化改造を受け、型式が

      キハ140となる。

 

1995.04.20

      鹿児島地区に転属。

 

2004.03.14

      小倉工場で改造、「はやとの風」2号車

      としてデビュー。

 

2006.01.20

      キハ47−8092の増備により編成から

      離脱。方転の上予備車となる。

▲ページの最上段へ▲

 

 

 ■「はやとの風」の歩み

08.03.15ダイヤ改正で、「はやとの風」3号が

『JR最遅特急』のタイトルを手にしていた事が

判明しました。その速度は何と39、5km/H!

(更に09.03.14改正で39、1km/H!)

これで、(1)座席の少なさ/2両で67席、

(2)運用車両の少なさ/予備を含めて3両、

と併せて3冠を達成。でもこれってめでたいの?

 

多くはマイナスの要素で、今までの「特急列車」という概念を打ち砕いてしまった破天荒な列車、特急 「はやとの風」の歴史は、異端の歴史です。

でも、そんなところに心惹かれる人もいるはずで、もちろん私もその1人。

デビューしてまだ6年ですが、そんな「はやとの風」の「らしからぬ」歩みを振り返ってみましょう。

 

年.月.日

できごと

「らしからぬ」事柄

2004.03.13

「はやとの風」運転開始

近郊型車両(キハ140・147)を改造

前代未聞の特急ワンマン運転

毎日運転なのに臨時列車扱い

2005.01.21

チャーター便に車両貸出の為「はやとの風」全列車運休

同区間の快速列車を一般型車両で運転

     03.01

嘉例川駅の見学停車を開始

「はやとの風」全列車の停車時間を5分に拡大

2006.01.21

バリアフリー対応車両(キハ47)の運用を開始

キハ140が編成を外れて予備車を確保

     03.18

定期列車に格上げ

2年間臨時列車のままだった

     12.13

予備車で「人吉はやとの風」を週1往復運転開始

人吉−吉松間は1両で走る特急

2007.10.29

吉松駅付近での踏切事故の為車両が破損し走行不能に

約2週間にわたり予備車(キハ140・指定席)と一般型車両(自由席)の2両で代走

一般型車両(自由席)は特急料金不要とされた

2008.03.15

大隅横川駅の停車時間を最大5分に拡大

所要時間増により下り3号がJR最遅の特急になる

2009.03.14

下り1号の大隅横川駅停車時間を5分に拡大

「はやとの風」全列車が嘉例川・大隅横川で5分以上の停車時間を確保

▲ページの最上段へ▲

 

 

 日本一のゆったり特急

 

「はやとの風」のフリースペースを除いた座席数は、2両合わせても67席しかありません。

 

四国や山陰にも2両の特急がありますし、肥薩線の山の向こうを走る「くまがわ(=九州横断特急)」も2両ですが、概ね百席以上が基準ですから、これはもう定期列車としては文句なしに日本一の少なさです(「海幸山幸」は2両で51席だけど、あちらは臨時列車なので)。

 

どう考えても需要が見込めそうもない閑散路線への乗り入れという事を逆手に取って、それなら乗ってくれたお客さん1人1人に、できるだけゆったりした空間を提供しよう。というコンセプトでパブリックスペースを重視して設計された車両なのだとか。ちなみに、多客時に予備車を増結して3両になっても、座席数は99!あー、何て贅沢な列車なのでしょう・・・

 

▲ページの最上段へ▲

 

 

 特に急がない列車・・・ついに!

 

08.03.15のダイヤ改正で、下り1号を除く「はやとの風」の大隅横川駅停車時間が拡大された事は別項でも触れましたが、それに伴って各列車の所要時間も増えて、改正前に最遅だった下り3号の速度がついに、39、5km/H(改正前は41、1km/H)という信じられない数値に!

ちなみに、在来線最速のディーゼル特急「スーパー北斗17」号の速度は106、2km/H・・・もう、その差が凄すぎて、何とでも仰ってください、って感じです。

そしてめでたく、「はやとの風」3号は『JR最遅特急』という栄誉(?)を手にする事になりました。前タイトル保持者だった鹿児島中央−国分を走る「きりしま82」号は地味~にスピ−ドアップしている模様。

どうせ遅いんだったら、これくらい極めてくれた方がカッコいいと思います。嫌がらせのように行き違い停車の繰り返しで足止めを喰らう日豊線の道中ですが、おいしいコーヒーとお茶請け菓子を用意して、展望席でまったりと過ごす時間もいいもんです。立客いっぱいの対向列車を見るにつけ、きっとそう思うはず。列車の中は日常から掛け離れた異空間なのです。

ああ、でもまた「異端特急伝説」に新たなページが書き加えられたのですね・・・

 ※09.03.14のダイヤ改正で、下り3号の所要時間が1分延びたため、速度は39、1km/H となり、自身の記録を更新しています。

▲ページの最上段へ▲

 

 

  ■140DCのこと

 

ご存知の通り、「はやとの風」は九州新幹線の開業に合わせて2004年3月13日に運行を開始しました。140DCことキハ140 2066はデビュー当時2号車自由席だった車両です。

2両編成の列車の片方に両運転台の車両をもってきた理由はズバリ、「新幹線の開業ブームが終わってお客が減ったら、1両でも走らせることができる」からだそうで、いやはや、当初はどれほど期待されていなかったかが伺えます。

幸い「はやとの風」の乗客は当初の見込みより多かったようで、その後指定席車である47DCが増備され、1号車指定席147DCは2号車自由席に組み替えられて、この140DCは予備車として編成から離脱しました。そして2006年1月21日、現在の美しく整った2両編成が走り始めたのです。

結局、「1両の特急」が鹿児島中央駅を発着するような悲しい事態になる事はありませんでしたが、2006年12月13日、この予備車両140DCを使用した人吉までの臨時特急「人吉はやとの風」号が週1往復の運転を開始し、吉松−人吉間で、ついに1両の走行が見られるようになりました(上の写真左側は矢岳駅停車中の「人吉はやとの風」号)。

「人吉はやとの風」号の運行は鹿児島から人吉までの観光客に、乗り換えなしで行けるよう便宜を図ったもので、これに合わせてJR九州鹿児島支社が割安なパックツアーを用意していました。1両運転の区間でも、ちゃんと客室乗務員さんがサービスしてくれますが、車内販売はありませんでした。人吉発の列車は、「人吉駅弁やまぐち」さんのお弁当のお世話になる事に。

また一応「特急列車」なので、「いさぶろう・しんぺい」のような駅での長時間停車やビューポイントでの一時停車サービスもなしです。車内の雰囲気からすると少々寂しいですが、何となく小ぢんまりとした空間で、道中の案内は客室乗務員さんが中央の展望スペースで行うので、自然とみんながそこに集まり、とても和やかなムードに。SLが復活してからは、「はやとの風」が3両で運転される日も多く、車両の運用もシビアになってきているようで、今後「人吉はやとの風」みたいな列車が走ることはないと思われますが、出来ればもう一度乗ってみたいなぁ・・・

さらにこの車両は団体向けツアーの貸切で日南線(写真右側)や吉都線、指宿枕崎線に乗り入れた事もあります。行く先々で大変な注目を集めているようで、本編「はやとの風」の宣伝マンの役割も担っています。

そして忘れてはならないのが、2007年10月29日に起きた踏切事故でしょう。専用車両が破損して運行不能となったため、応急の対策としてこの140DCが一般型の車両と共に代走を勤めました。一般型の車両は(当然)特急料金不要の措置が取られ、「はやとの風」の異端特急伝説にまたひとつ、新たなページが書き加えられたのでした。

 

▲ページの最上段へ▲

 

 


 

 

(全2ページ) 前ページへ  1  2